平成28年(行ケ)第3号
地方自治法第251条の7第1項の規定に基づく不作為の違法確認請求事件
原 告 国土交通大臣 石 井 啓 一
被 告 沖縄県知事 翁 長 雄 志
原告「上申書」に対する意見
平成28年7月26日
福岡高等裁判所那覇支部民事部ⅡB係 御中
被告訴訟代理人
弁護士 竹 下 勇 夫
同 加 藤 裕
同 松 永 和 宏
同 久 保 以 明
同 仲 西 孝 浩
同 秀 浦 由紀子
同 亀 山 聡
平成28年7月22日付で原告が提出した「上申書」について、以下のとおり、意見を述べる。
1 別訴の審理経過や心証形成に基づく判決を求める不当
原告の主張は、裁判所に、本件の訴訟手続によらずに形成された心証に基づいて判決をすることを求めるものにほかならない。
原告は、「代執行訴訟において、既に、本件訴訟と同一の争点について主張立証が尽くされ、口頭弁論が終結されており、その後、『弁論の再開』をすべき事由が見出し難い本件については、第1回口頭弁論期日において双方が、代執行訴訟における主張資料、証拠資料を整理して提出した上で、御庁におかれましては、直ちに口頭弁論を終結し、速やかに判決をしていただきたく上申する」、「代執行訴訟で主張していなかった新たな主張や証拠の提出をすることは厳に慎まれるべきもの」としている。
しかし、代執行訴訟は、原告による訴えの取下げで終了したものであり、代執行訴訟は、初めから係属していなかったとみなされるものである( 民事訴訟法第262 条) 。
本件訴訟は、代執行訴訟とは、異なる訴訟であり、訴訟法上の連続性がない、まったくの新規の訴訟である。
また、審理の対象が異なることも明らかである。本件訴訟は、代執行訴訟が取下げられた後に出された、国土交通大臣による是正の指示に従わないことの違法性の確認が求められているものである。是正の指示に従わないことが違法であるというためには、是正の指示が適法であることが要件となる。この是正の指示は、代執行訴訟取下げ後になされたものであり、代執行訴訟係属中には存在していないものである。本件訴訟と代執行訴訟では審理の対象が異なることは当然である。
代執行訴訟において、裁判所が心証を形成していたとしても、その代執行訴訟における心証は、本件訴訟においては、訴訟手続きによって形成されたものにはなりえないものである。
原告は、代執行訴訟時の和解の過程で「書証番号も基本的に同じにして提出されるようご示唆いただいた」としているが、書証番号を同一にしなければならないという合理的な理由は見出し難い。書証番号を同一にしなければならない理由として、可能性を考えるのであれば、代執行訴訟における主張や争点、証拠の整理をそのまま本件訴訟の審理、判決に流用して省力化を図ることくらいしか想定できない。しかし、たまたま後に別訴を受理した裁判体が同一の裁判官による構成であったからといって、訴訟上はまったく別個の取り下げられた事件の審理の成果を利用しうる法的根拠はどこにもない。前訴で提出済みの書証と同一のものであっても、後訴で労を省くのでなく改めて提出しなければならないのが当事者の責任であることと同様、自明のことである。
新訴について弁論再開の可否と同視することは暴論であり、訴訟にかかる態度で臨むことこそ「厳に慎まれるべきもの」である。裁判所が迅速適正な審理を行うために当事者が適切に訴訟行為を行うということは当然ではあるものの、原告の主張はこれとは全く異質のものである。
2 国地方係争処理委員会での審理経過の意義の否定であること
原告は、「本件訴訟は、そもそも迅速な司法判断が求められる代執行訴訟の審理を経た上で、同一の争点について、再度司法判断を求める訴訟である」とするが、原告の上申書における主張は、国地方係争処理委員会における審理の経過と意義を真っ向から否定するに等しいものである。
そもそも、是正の指示は、代執行訴訟の取下げ後になされたものであり、代執行訴訟時には、本件訴訟における審理の対象である是正の指示は、存在していないものである。
代執行訴訟取下げ後になされた是正の指示に対し、沖縄県知事は、国地方係争処理委員会に審査の申出をし、国地方係争処理委員会において、是正の指示の適法性・違法性を巡る主張がなされてきた。
国土交通大臣が国地方係争処理委員会に提出した主張書面は合計700 頁を超え、沖縄県知事が国地方係争処理委員会に提出した主張書面は合計1300 頁を超えるものであった。
代執行訴訟と共通する主張もあるが、もちろん異なる主張も大幅に展開されている。そもそも、代執行と同じ主張か異なる主張であるのかということが、整然と区別されうるものでもない。
代執行訴訟が取下げで終了された後になされた是正の指示について、沖縄県知事は地方自治法に基づいて国地方係争処理委員会に審査申出をし、審査手続においては国地方係争処理委員会や委員からの質問も受け、あらたな主張が展開されたものである。ここでは、国土交通大臣自身があらたな主張をしてきたではないか。
「代執行訴訟で主張していなかった主張や証拠の提出をすることは厳に慎まれるべきもの」とする原告の主張には合理的な根拠は全く認め得ないものであり、国地方係争処理委員会における審理の経過と意義、そして同委員会における自らの主張をも否定するものである。
3 国土交通大臣に「迅速」をいう資格はないこと
なお、迅速で充実した審理を妨げてきたのは国土交通大臣であり、その当事者が、弁論再開事由の有無との比較をし、十分な審理を経ることなく初回結審を求める資格はないというべきである。
第1に、原告の意見は、代執行訴訟と本訴が同じ審理の繰り返しだから省力化せよ、というものであるが、そもそも最初の争訟手段の選択を誤ったのはほかならぬ原告なのだから、同一の争点があろうが、別訴において一から必要十分な訴訟追行の労をとらねばならないのは当然である。
第2に、代執行訴訟の和解条項に基づいて、国土交通大臣がした是正の指示には、一切理由が示されていなかった。迅速で充実した審理を求めるのであれば、判断の対象となる是正の指示の理由をきちんと示さなければならないものであるが、一切理由を示さない是正の指示をするという暴挙に出たのは、ほかならぬ国土交通大臣である。
そして、沖縄県知事は、和解条項に基づく是正の指示について、和解条項に定める期限内に国地方係争処理委員会に対して70頁に及ぶ大部の審査申出書により、審査の申出をした。ところが、国土交通大臣は、これに何ら反論することなく、和解条項に基づく是正の指示を一方的に撤回したのである。
和解条項に基づく是正の指示の撤回後、国土交通大臣があらたに地方自治法に基づく是正の指示をしたのが本件是正の指示である。和解条項に基づいて想定されていた国土交通大臣による是正の指示は、当然1回限りのものだったはずではないだろうか。
第3に、2回目となる本件是正の指示に関する審査では、国地方係争処理委員会の指示した期間までに、双方が主張と証拠を提出した(沖縄県知事が提出した主張書面の8割以上は期間内に提出をしたものである。)。ところが、国地方係争処理委員会から指示された期間経過後に、国土交通大臣が期間内に提出した主張書面の頁数を上回る分量の頁数の主張書面を提出し、これに対する反論の主張書面を沖縄県が提出した。
さらに、国土交通大臣は、平成28年5月になってから、国地方係争処理委員会からの質問に対する回答として130頁近い書面を提出したが、実質的に質問に対する回答は1頁程度のみであり、その余は回答に藉口した主張であり、しかも、その多くが新たな主張であった。証拠の提出期限も経過し、審査期日も開かれた後に、まったく新たな主張をしたものであった。
以上のとおり、原告は、代執行訴訟や不作為の違法確認訴訟の審理手続にかかる規定をとりあげて、異様な「初回結審」を求めているものであるが、原告が求める「迅速」は、原告自身によって損なわれているものであって、そのしわ寄せを相手方である地方公共団体に負わせる理由はない。
4 地方自治法における国と地方公共団体の紛争を解決するための制度の趣旨の理解に欠けるものであること
本件訴訟を「代執行訴訟の弁論を再開するか否かが問われているに等しい」とすること、「代執行訴訟で主張していなかった新たな主張や証拠を提出するということは厳に慎まれるべき」とする原告の上申は、正当性、合理性のない不当なものであり、かかる上申にしたがった訴訟指揮がなされるべきものではない。
不作為の違法確認訴訟は、「透明性の高いプロセスの下、国と地方公共団体の双方がそれぞれ主張・立証を尽くし、これをもとに裁判所が判断を行う」( 地方自治法抜本改正についての考え方(平成22 年))ことを制度趣旨として設けられたものである。
主張・立証を尽くすことが許されないとし、本件訴訟を形式的に終わらせるべきであるとする原告の主張は、地方自治法への理解を欠いたものであり、正当なものではない。
裁判所におかれては、上記の不作為の違法確認訴訟のもうけられた制度趣旨にもとづき、双方が主張・立証を尽くした充実した審理をなされるよう求めるものである。
以 上