大手報道が政府を批判しなくなった。政府広報収益への配慮だ、との指摘もある。インターネット普及等による部数の落ち込み等は収益の悪化を招いている。報道の社会的使命と企業収益の間で揺れる姿が垣間見える。先の大戦の戦争責任について、報道責任について言及した書籍を見つけた。「検証戦争責任 読売新聞戦争責任検証委員会 中央公論社」であるが、その状況と現在が重なる。 

 同書によれば、戦果(軍部発表の闘い勝利情報)報道が部数増加につながり、収益が上がったとしている。そのため、報道各社は競って軍部発表の内容を報道した。それにより、戦争賛美の世論が形成された、としている。

 読者が喜ぶ紙面作りに精を出す報道。そしれ、それを鵜呑みにした読者の世論が形成される。

 当初、戦争に批判的だった報道が変化する契機となったのが満州事変だったと指摘する。以下は、同書からの引用だ。

同書(下)(185〜186頁)

 満州事変の直前まで、新聞の多くは、軍縮推進を提唱し、軍部に批判的だった。三〇年にロンドン海軍軍縮条約締結をめぐって「統帥権干犯」問題が生じた時も、新聞は条約の成立を支持して条約派を支えた。満州事変の時点をとれば、軍部もまだ、「新聞が一緒になって抵抗しないかということが、終始大きな驚異」(緒方竹虎・元朝日新聞主筆)と受け止めていた。その意味で、この時こそ、メディアが戦争を押しとどめられる最後の機会だったかもしれない。
 しかし、事変拡大を機に、主要紙は戦場に大勢の特派員を派遣し、戦況を刻々と伝えることで、部数を飛躍的に伸ばしていった。反対に軍部に批判的な記事を掲載した新聞には、在郷軍人会などを中心に不買運動がおきた。評論家の清沢洌(きよし)は当時、「ジャーナリズムの営業心理」は、外に向かっては日本の「絶対正義」を、内には「日本精神の昂揚」を極説し、確信させたと分析した。

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