度重なる米軍ヘリ事故について、「それで何人死んだ」と松本内閣副大臣が国会での野次った件。

 2013年1月27日の建白書実現を求めて都内をデモ行進した沖縄県内首長たちに浴びせられた罵声を思い出した。沖縄の様々な取組と努力の5年が経過したが、日本政府は、日本は何も変わってはいなかった。

 都内デモに参加した知人によれば、沖縄県内市町村首長や議会議員たちに対する野次や怒号は凄まじかった。そしてさらに驚かされたのは、通行人の無関心だった。日本の沖縄への無関心に背筋が凍る思いがしたという。

 度重なる墜落事故、緊急着陸に続き。緑が丘保育園への円筒形物落下。普天間第2小学校への窓落下。そしてうるま市伊計島、読谷村儀間、渡名喜島への不時着。

 子どもたちの、沖縄県民の命が危険にさらされている状況での「それで何人死んだ」発言。絶対に許されない。副大臣辞職や議員辞職くらいでは済まない。

 沖縄は、さらに沖縄の声を上げ続けなければならない。

 そして、自力救済の途を模索しなければならない。

(2018年1月27日琉球新報より)
米軍機トラブル「それで何人死んだ」 松本内閣副大臣が国会でやじ、辞任
 自民党の松本文明内閣府副大臣は26日午後、前日の衆院本会議で沖縄の米軍ヘリのトラブルを巡る質問に対し、「それで何人が死んだんだ」とやじを飛ばしたのは不適切だったとして、安倍晋三首相に辞表を提出した。首相は受理した。松本氏は「誤解を招く表現で沖縄県民や国民に迷惑を掛けた。申し訳ない」と語った。
 首相は名護市長選への影響を最小限にとどめるため、早期の事態収拾が不可欠だと判断。後任人事の調整を急ぐ。松本氏は議員辞職については否定した。
 問題の発言があったのは25日の衆院本会議。代表質問に立った共産党の志位和夫委員長が、県内で米軍ヘリのトラブルが続発していることを挙げ、辺野古新基地建設の中止などを求めた直後、松本氏が自席から「それで何人が死んだんだ」とやじを飛ばした。
 官邸で辞表を受け取った首相は「この国が大変な時期なので、緊張感を持って対応してもらわないと困る」などと述べたという。松本氏は記者団に「不徳の致すところとしか言いようがない」と陳謝した。
 発言の意図については、普天間飛行場の名護市辺野古移設を推進する必要性を訴え「訓練などで県民や米軍関係者の多くの人命が失われている。それに報いるという思いで言った」と釈明した。
 松本氏は衆院当選4回で、衆院比例東京ブロック選出。昨年8月に内閣府副大臣に再任された。2015年の内閣改造で副大臣として沖縄・北方担当を務めたこともある。

(2013/1/27付日本経済新聞より抜粋)

 米軍普天間基地(沖縄県宜野湾市)に配備された垂直離着陸輸送機オスプレイの配備撤回と同基地の県内移設断念を求め、沖縄県内の全41市町村の首長らが27日、東京・日比谷公園で集会を開き、「基地機能の強化は許さない」などと訴えた。約4千人(主催者発表)が参加。集会後は銀座などをデモ行進し、沖縄の過重な基地負担に抗議の声を上げた。

 昨年9月に約10万人(同)が参加したオスプレイ配備反対県民大会の実行委員会が主催した。代理を含む41市町村長、41市町村議会議長、超党派の県議ら約140人が上京。1972年の沖縄の日本復帰後、首長らによる東京での要請行動では最大規模という。仲井真弘多知事は参加しなかった。

 参加者は日比谷公園から銀座まで約2キロをデモ行進。銀座に買い物に来ていた会社員の男性(50)は「戦争で大きな犠牲を払った沖縄の人たちが最も基地に苦しんでいる現状はおかしい。日本とアジアの平和のために米軍が必要なら、もっと本土も基地を受け入れないといけない」と話した。

 一方、デモ行進に対し、日の丸の旗を掲げたグループが「オスプレイは必要だ」「売国奴」などとやじを浴びせ、警察官が止めに入るなど緊迫する場面もあった。

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