沖縄憲法番外地〜第3次嘉手納基地爆音差止訴訟判決(2月23日)を受けて〜
「憲法番外地」「日本は復帰すべき祖国ではなかった」。不条理な沖縄の状況を表わした言葉である。
2017年2月23日第三次嘉手納基地爆音差止訴訟判決。那覇地方裁判所沖縄支部は次のように指摘する。
1.日本の防衛政策及び外交政策上の利益は,国民全体が等しく享受する・・一方で, (嘉手納飛行場)・・における合衆国軍隊の活動は,その周辺住民という一部少数者に各種の軽視することのできない被害を及ぼし・・。・・国民全体が利益を受ける一方で,原告らを含む一部少数者に特別の犠牲が強いられているといわざるを得ず,ここには,看過することのできない不公平が存する
2.昭和4 0年代半ばには既に本件(嘉手納)飛行場周辺で航空機騒音による影響が社会的に問題となっていたにもかかわらず,今日に至るまで, アメリカ合衆国又は被告によって抜本的な被害防止策が採られずに,原告らを含む本件飛行場の周辺住民が航空機騒音による被害に曝されている
3.第一次嘉手納基地爆音訴訟において,本件飛行場における航空機の運航等から生じる騒音によって周辺住民らに受忍限度を超える違法な被害が生じていることを認定し,被告に損害賠償を命じた判決が確定した平成1 0年からは既に1 8年以上,第二次嘉手納基地爆音訴訟の同様の判決が確定した平成2 3年1月からは既に4年以上が経過しているものの,アメリカ合衆国又は被告による被害防止対策に特段の変化は見られないことからすれば,周辺住民に生じている違法な被害が漫然と放置されていると評価されてもやむを得ず・・
昭和40年代半ばから社会問題であった嘉手納基地から発生する爆音被害は、第1次、2次嘉手納爆音訴訟でその違法性が指摘され続けてきたにもかかわらず、国と米国は漫然と放置しつづけてきた。その実態は、嘉手納基地の存在により日本国民全体が防衛政策及び外交政策上の利益を受けてきた反面、基地被害を嘉手納基地周辺住民という一部少数者に強いてきた。それは見過ごすことのできない不公平だと指摘したのだ。正に冒頭の表現が当てはまる。
憲法には、基本的人権の尊重(11条)、法の下の平等(14条)が謳われている。
那覇地裁沖縄支部の今回の判決は、50年以上も放置され続ける沖縄の不公平な状況について、これら憲法の規定に違反する可能性を指摘しているといえる。
今判決においても、原告が求めている夜間の米軍機の飛行差し止めは認められなかった。しかし、損害賠償についてはこれまでの同旨訴訟で認定されてきた損害額のおよそ2倍の損害額を認めた。裁判所は被告国対し、最大被害95Wコンター住人原告に対し月額3万5千円の支払いを命じた。
このまま日米両政府が、爆音被害状況を放置すれば、どうなるのか。
判決は、嘉手納基地周辺住民に対する基地被害について、看過できな不公平だと指摘する。憲法の定める基本的人権の尊重(11条)、法の下の平等(14条)が否定さていることにほかならず、その期間も50年以上にも及ぶ。
爆音被害がこのまま放置されるのであれば、(第三者行為論という大きな壁があるものの)飛行差し止めを認める可能性を示唆したと理解することができる、と考えるのは私だけだろうか。
今回の判決は原告らを含む嘉手納基地周辺住民に爆音被害除去の運動の正当性を確信させるものであり、今後の運動に勇気を与えるものと言える。
静かな夜を取り戻すため、嘉手納基地周辺住民は、さらに闘いを強化する!!!