NHK総合テレビ『クローズアップ現代』 “出家詐欺”報道に関する意見(2015(平成27)年11月6日 放送倫理検証委員会決定 第23号より抜粋 クリックで同HMへ) Ⅵ おわりに 戦後70年の夏、多くの人々が憲法と民主主義について深く考え、放送もまた、自らのありようを考えさせられる多くの経験をした。 6月には、自民党に所属する国会議員らの会合で、マスコミを懲らしめるには広告 料収入がなくなるのが一番、自分の経験からマスコミにはスポンサーにならないこと が一番こたえることが分かった、などという趣旨の発言が相次いだ。メディアをコン トロールしようという意図を公然と述べる議員が多数いることも、放送が経済的圧力に容易に屈すると思われていることも衝撃であった。今回の『クロ現』を対象に行わ れた総務大臣の厳重注意や、自民党情報通信戦略調査会による事情聴取もまた、この ような時代の雰囲気のなかで放送の自律性を考えるきっかけとするべき出来事だった と言えよう。 2015年4月28日、総務大臣はNHKに対し、『クロ現』について文書による厳重注意をした。番組内容を問題として行われた総務省の文書での厳重注意は2009 年以来であり、総務大臣名では2007年以来である。NHKが調査報告書を公表した当日、わずか数時間後に出された点でも異例であった。 総務大臣は、厳重注意の理由は「事実に基づかない報道や自らの番組基準に抵触す る放送が行われ」たことであり、厳重注意の根拠は、放送法の報道は事実をまげな いですること。」(第4条第1項3号)と「放送事業者は、放送番組の種別及び放送の 対象とする者に応じて放送番組の編集の基準を定め、これに従つて放送番組の編集をしなければならない。」(第5条第1項)との規定だとする。 しかし、これらの条項は、放送事業者が自らを律するための「倫理規範」であり、総務大臣が個々の放送番組の内容に介入する根拠ではない。 放送による表現の自由は憲法第21条によって保障され、放送法は、さらに「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによつて、放送による表現の自由を確保すること。」(第1条2号)という原則を定めている。 しばしば誤解されるところであるが、ここに言う「放送の不偏不党」「真実」や「自律」は、放送事業者や番組制作者に課せられた「義務」ではない。これらの原則を守るよう求められているのは、政府などの公権力である。放送は電波を使用し、電波の公平且つ能率的な利用を確保するためには政府による調整が避けられない。そのため、 電波法は政府に放送免許付与権限や監督権限を与えているが、これらの権限は、ともすれば放送の内容に対する政府の干渉のために濫用されかねない。そこで、放送法第 1条2号は、その時々の政府がその政治的な立場から放送に介入することを防ぐために「放送の不偏不党」を保障し、また、時の政府などが「真実」を曲げるよう圧力をかけるのを封じるために「真実」を保障し、さらに、政府などによる放送内容への規 制や干渉を排除するための「自律」を保障しているのである。これは、放送法第1条 2号が、これらの手段を「保障することによつて」、「放送による表現の自由を確保すること」という目的を達成するとしていることからも明らかである。 「放送による表現の自由を確保する」ための「自律」が放送事業者に保障されているのであるから、放送法第4条第1項各号も、政府が放送内容について干渉する根拠となる法規範ではなく、あくまで放送事業者が自律的に番組内容を編集する際のあるべき基準、すなわち「倫理規範」なのである。逆に、これらの規定が番組内容を制限する法規範だとすると、それは表現内容を理由にする法規制であり、あまりにも広汎で漠然とした規定で表現の自由を制限するものとして、憲法第21条違反のそしりを免れないことになろう。放送法第5条もまた、放送局が自律的に番組基準を定め、これを自律的に遵守すべきことを明らかにしたものなのである。 したがって、政府がこれらの放送法の規定に依拠して個別番組の内容に介入するこ とは許されない。とりわけ、放送事業者自らが、放送内容の誤りを発見して、自主的にその原因を調査し、再発防止策を検討して、問題を是正しようとしているにもかか わらず、その自律的な行動の過程に行政指導という手段により政府が介入することは、 放送法が保障する「自律」を侵害する行為そのものとも言えよう。 もっとも、放送が他からの命令や指導によってでなく自由と自律の下で番組の質を 維持し向上させるには、不断の自己検証と努力に加えて、放送局の独善に陥らないための仕組みが必要であろう。そのためにこそ、BPO(放送倫理・番組向上機構)がある。当委員会は、2007年に設置されて以来、番組内容に問題があると判断した場合には、勧告・見解や意見を公表して放送局と放送界全体に改善を促してきたが、 これを受けて各放送局は社内議論を深め、正確な放送と放送倫理の向上のための施策 を定めるという循環が生まれてきている。政府もまた、このような放送の自由と自律 の仕組みと実績を尊重し、2009年6月以降は、番組内容を理由にした行政指導は 行わなかった。今回、このような歴史的経緯が尊重されず、総務大臣による厳重注意 が行われたことは極めて遺憾である。 また、その後、自民党情報通信戦略調査会がNHKの経営幹部を呼び、『クロ現』の 番組について非公開の場で説明させるという事態も生じた。しかし、放送法は、放送番組編成の自由を明確にし「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、 何人からも干渉され、又は規律されることがない。」(第3条)と定めている。ここにいう「法律に定める権限」が自民党にないことは自明であり、自民党が、放送局を呼び説明を求める根拠として放送法の規定をあげていることは、法の解釈を誤ったもの と言うほかない。今回の事態は、放送の自由とこれを支える自律に対する政権党によ る圧力そのものであるから、厳しく非難されるべきである。 当委員会は、この機会に、政府およびその関係者に対し、放送の自由と自律を守りつつ放送番組の適正を図るために、番組内容に関しては国や政治家が干渉するのでは なく、放送事業者の自己規律やBPOを通じた自主的な検証に委ねる本来の姿に立ち 戻るよう強く求めるものである。 また、放送に携わる者自身が干渉や圧力に対する毅然とした姿勢と矜持を堅持でき なければ、放送の自由も自律も侵食され、やがては失われる。これは歴史の教訓でも ある。放送に携わる者は、そのことを常に意識して行動すべきであることをあらためて指摘しておきたい。 ・・・。 |