「四年はしかし長いね。」
「過ぐに経ってしまいますわ。」
「温い。」と、島村は駒子が近づいて来るままに抱き上げた。
〜
轡虫(くつわむし)が急に幾匹も鳴き出した。
「いやねえ。」と、駒子は彼の膝から立ち上がった。
北風が来て網戸の蛾が一斉に飛んだ。
黒い眼を薄く開いていると見えるのは濃い睫毛(まつげ)を閉じ合わせたのだと、島村はもう知っていながら、やはり近々とのぞきこんでみた。
「煙草を止めて、太ったわ。」
腹の脂肪が厚くなっていた。
離れていてはとらえ難いものも、こうしてみると忽(たちま)ちその親しみが還ってくる。
駒子はそっと掌(てのひら)を胸へやって、
「片方が大きくなったの。」
「馬鹿。その人の癖だね。一方ばかり。」
「あら。いやだわ。嘘、いやな人。」と、駒子は急に変った。これであったと島村は思い出した。
「両方平均にって、今度からそう言え。」
「平均に? 平均にって言うの?」と駒子は柔らかに顔を寄せた。
この部屋は二階であるが、家のぐるりを蟇(がま)が鳴いて廻った。一匹ではなく、二匹も三匹も歩いているらしい。長いこと鳴いていた。
直接的な性描写ではなく、影絵に映る性の営みを表現する筆使いは見事である。愛人関係ともいうべき島村と駒子の戯れのひと時に日常の一こまを垣間見る。轡虫(くつわむし)や蟇(がま)がの鳴き声がなんとも物悲しい二人の関係を描いている。