石垣の熱い夏夜のこと。私はクーラーが嫌いなので扇風機で過ごしていた。夏の石垣島は夜間でも気温は30度近くある。部屋中の窓を開けはなち、網戸だけを閉めて過ごす。極めて質素で健康的だ。
虫の声だけが響く静かな夜にうとうと眠りに就こうとしたころ、ガリガリという音が耳についた。これまで聞いたことのない音。石を削るような音である。私は、ゆっくりと起き上り、暗い庭のほうへ眼をやった。庭の真ん中に何かいる。音はそこから聞こえてくる。部屋の明かりを点けて、もう一度庭に眼をやると、セマルハコガメがいた。
眼をこらしてじっとみていると、ガリガリガリガリ、彼は彼の頭ほどの大きさの石を懸命にかじっている。石についているコケでもかじっているのか。私は夏夜の不思議な光景にしばらく見入っていた。しばらくして彼は石をかじるのを止めた。ゆっくりこちらに目を向けた。私の方をじっと見ている。
やがて踵をかえすかのように庭の暗がりに向かって歩き出した。その姿は闇の中に消えていった。