事務所の裏通りには老舗の食堂、昭和食堂がある。小さな食堂ではあるが近所の1人暮らしのお年寄りなどが好んで通っていた。内は気楽なもので、初めてのお客さんでも家族のように迎えてくれた。だから、注文もおしぼりも、お茶の準備も全部セルフサービスだ。誰にも気兼ねしない雰囲気が私は気に入っていた。食堂の主は、白いあごひげをたたえ、長髪を後ろに結んだおじさん。石垣の民話や民謡にも精通していて、地域の長老のような雰囲気を醸し出していた。そのおじさんに、夜中に石をかじるセマルハコガメの話をしたところ、こんな物語を聞かせてくれた。
石垣島の南に位置する黒島で道切りが行われた。道切りとは首里王府が行った開拓政策。道を境にして集落を分け、島民を強制的に移住させ、新しい村をつくらせたという。
その黒島に将来を約束しあったカムナイという若者とマーペーという娘がいた。二人は一本の道をはさんで住んでいたのだが、その間の道で道切りが行われ、マーペーは石垣島の野底へ移住することになった。家族とともに野底に移住したマーペーではあったが、カムナイのことが忘れられず、思いは募るばかり。居ても立ってもいられなくなったマーペーは、カムナイの住む黒島を一目見ようと野底山に登った。ところが目の前には於茂登山がそびえ立ち、思い募るカムナイの住む黒島は見えない。目の前にそびえる於茂登山はマーペーには二人を隔てる大きな壁に見えたにちがいない。失意にくれるマーペーはその場に泣き崩れた。