石垣での単身生活が始まって2カ月も過ぎたころだっただろうか。仕事を終え、事務所の裏の自宅へと帰ろうと駐車場を横切って歩いていると、暗がりにうごめく奇妙な動物を見つけた。時間は午後10時を回っている。隣の民家の灯りに浮かぶその生き物は二つのはさみを前に構えじっとしている。姿はヤドカリのようだが大きい。いや大きすぎる。しかも宿となる貝殻を背負っていない。いったいこの生き物は何だ。
あ、うわさには聞いていたヤシガニだ。そうに違いない。
私は急いでカメラを取りに戻り、ヤシガニがどこかへ行ってしまわないか心配しながら戻ったきた。彼は元の位置から少しも移動することなく、大きなはさみを前に構えたままである。
私はシャッターを切った。撮影会の始まりである。上下左右とあらゆる角度から撮った。それでも彼は微動だにしない。20分くらいたったころだろうか。あまりにも動きがないので私の方が飽きてしまった。雨がぽつぽつと落ちてきた。私はカメラが雨に濡れるのを恐れ、そそくさと引き上げた。途中後ろをなんどか振り返ったが、彼は微動だにしなかった。