公正証書が無効と判断された判例があります。内容は以下のとおりです。
【事 例】
遺言者甲は重い内臓疾患で入院していたが、人が声をかければ返事をするが理解していたかどうかは疑わしい状況であった。その甲が認知する旨の遺言をしたいとの連絡を受けた公証人が病院に赴いた。公証人は、甲に対して、「子供のことで遺言するというのは本当か」と聞いたところ甲はうなづいた。続けて「乙を子として認めるという公正証書を作ってよいか。」と聞いたところ甲はうなづいた。更に「乙はあなたの子に間違いないか」と聞いたところ甲がうなづいたので、その旨の公正証書を作成した。この遺言に異を唱えた相続人が遺言無効確認訴訟を提起した。
【裁 判】
一審裁判所は公正証書遺言を有効と判断しました。
控訴審では、うなづくだけで、遺言の趣旨を把握できる程度の口述をしていないから、遺言の要件である口授(民法969条2号条文参照)はなされていないとして、遺言は無効であると判断されました。
上告審では「遺言者が、公正証書によって遺言するにあたり、公証人の質問に対し言語をもって申術することなく単に肯定または否定の挙動に示したにすぎないときには、民法969条2号にいう口授があったものとはいえず、このことは遺言事項が子の認知に関するものであっても異なるものではないと解すべきである」として、遺言は無効と判断されました。
この判例は、公正証書遺言については、口授が要件とされているので、公証人の質問に対して、単に肯定または否定の挙動に示したにすぎないときには、口授があったものとはいえず、遺言は無効と判断されることになるとしています。公正証書遺言をするにあたっても、遺言者が真意に基づいて遺言できる状況にあり、その内容を口授により示すことが必要になることを、この例は示しているといえるでしょう。
【民法962条】
(公正証書遺言)
第九百六十九条 公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 証人二人以上の立会いがあること。
二 遺言者が遺言の趣旨を公証人に口授すること。
三 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。
四 遺言者及び証人が、筆記の正確なことを承認した後、各自これに署名し、印を押すこと。ただし、遺言者が署名することができない場合は、公証人がその事由を付記して、署名に代えることができる。
五 公証人が、その証書は前各号に掲げる方式に従って作ったものである旨を付記して、これに署名し、印を押すこと。