栄子が、快感の汗をシャワーで流していたときだった。突然、彼の携帯が鳴った。
「誰?」と尋ねる栄子の声に、孝男は応えない。
栄子がシャワーを終え、バスルームから出ると同時に、身支度を整えた孝男が飛び込んできた。
「行かなきゃ。」と孝男。
「どこへ?」と栄子。
「息子が高熱を出して病院に運ばれた。髄膜炎の疑いがあるって。」
「重いの。」
「分からない。とにかく行かなきゃ。」
「ごめん。後で連絡するよ。」
せわしそうに部屋を後にする孝男に、
「分かった。」と応える栄子。
栄子にはそれだけが精いっぱいだった。
それから孝男からは連絡が来なかった。待っても待っても来なかった。
何度も電話をかけようと思ったけれどできなかった。明日は来るかもしれないと待っているうちに、掛けそびれてしまった。たまに、職場で見かけても、孝男は避けるかのように栄子を見てはくれなかった。
子供の病気。情事の場所からの突然の帰宅。「ごめん。」と言い残して。子煩悩な人柄に安心し、この人なら幸せな家庭を築けると信頼していた。でも、彼の後姿を見送った後、栄子は、得体の知れない不安に駆られていた。
そして、その予感は的中した。奥さんとは離婚しても子供とは別れられない彼に気づいた。
そして一人旅。