栄子は野底山の入り口に立っていた。 客室乗務員に教えられたとおり、真新しい運動靴に履き替えた栄子は登り始めた。なんてことはない。途中綱を伝って登らなければならない場所はあるものの山歩きだ。たいしたことはない。少しずつ汗ばんできた。初夏の風が栄子の体に心地良い。
しばらく登っていくと、後方から人の気配がした。誰だろう。こんな真昼間に山歩きをしているのは。自分のことはさておいて、不思議に思った栄子は後ろを振り返った。一人の少女が登って来る。少女は栄子の傍らを登って行く。
こんにちは、栄子が声をかけた。
少女は栄子の存在さえも気づかないかのように黙ったまま、傍らを通り過ぎて行く。変な子。15,6歳だろうか。かすりのような着物を来ている。裸足。まさか、栄子は目を疑った。声をかけているのに知らんぷりの裸足の少女。不思議に思いながら、栄子は少女の後に続いた。しかし、少女の足取りは速かった。山の坂道もなんのその少女はずんずん登っていく。やがてその後ろ姿は木々の間に消えていった。 頂上はまだかしら。登り始めてから40分くらい経つのに頂上はまだ見えない。栄子はリュックからペットボトルを取り出し、一気に半分くらいを飲み干した。唇から水がこぼれた。こぼれた水が喉元を伝って流れおちる。喉を潤すと、これまで目に入らなかった周りの景色が目に飛び込んできた。こんなに緑に囲まれたのはいつ以来だろう。ほんとに久しぶり。大きく深呼吸をしてみるとなんだか元気が湧いてくるような気がした。さあ、あと少し。栄子が登り始めた時。あ〜という声が聞こえたような気がした。何。鳥の声。動物の鳴声。定かでない。
登り始めて1時間は経ったころだろうか。頂上が見えてきた。
やっと来た。ほんの小さな頂に立った。周りを見渡すと石垣島の風景がよく見える。
マーペーにとって大きな壁となった於茂登山も目の前だ。その於茂登山に向かって横たわるひと固まりの岩。これがマーペー。栄子は岩に手を触れてみた。冷たい岩。本当にマーペーは岩になったのかしら。
野底山から見える石垣の景色はいつまでも、栄子に優しい風を送っていた。