野底山から戻った栄子はすぐにシャワーを浴びた。温かいお湯が栄子の心の中の垢までも洗い流してくれるようだった。ひさしぶりの運動で体中の筋肉が心地いい疲労感につつまれている。こんなさわやかな気持ちはいつ依頼だろう。孝男とのことでいつまでもうじうじしていた自分が馬鹿のように思えてくる。特にあてがあるわけではないけれど、なんだか未来は明るいような気持ちになってきた。
シャワーを終えて、1階のレストランで早めの夕食を済ませた。特にごちそうメニューではなかったけれど、山歩きですっかりお腹がすいていた栄子にはこのうえなくおいしかった。
食事を終えて、部屋に戻った栄子は、明日の予定を考えていた。特にあてもない女の一人旅。毎日の予定のない気ままな旅。帰りだけが明後日と決まっていた。どこにいこうかタウン誌や地図とにらめっこをしているが、山歩きの疲れと満腹感で睡魔が襲ってくる。明日は明日で。栄子は早いうちから寝床に就いた。
夜が明けたころだろうか。栄子は目が覚めた。気になることがあった。あの子はどうなったのだろうか。山歩きで出会った少女である。かすりのような着物を着た裸足の少女である。気になると栄子は居ても立ってもいられなくなった。栄子は運動靴に履き替えると野底山へ向かった。一度登ったところである。なんてことはなかった。栄子はずんずん登っていった。途中綱を伝うところも問題なかった。やがて頂上についた。栄子が予想していたとおり、ほんの小さな頂にあの少女が立っていた。栄子に気づいた少女はゆっくりとこちらを振り向いた。栄子が「待って!」と叫ぶ間もなく少女の体は宙を舞った。驚いた栄子が駆け寄って、少女の体が宙を舞って落ちて行ったところに目をやろうと体を乗り出した瞬間、山の突風が吹いた「あっ!」叫ぶ間もなく栄子の体も宙を舞った。
栄子は目が覚めた。夢か。途中夢かなとは思いながらも、野底山の頂を目指す自分がおかしかった。
あの少女はマーペーだったのか。思いを遂げられずに石になったんじゃなかった。
二度と悲劇が起きないように、後世の人々が語りついできたのかもしれない。
女には二つのタイプがあると聞いたことがある。愛する男を奪う女と愛する男のために身を引く女と。私はどちらだろう。そしてマーペーは、どちらだろう。思いを遂げられずに身を投げたのだとしたら、マーペーは奪う女にちがいない。私はどちらだろう。
取りとめもなく頭を巡らしているうちに、栄子は眠りについた。
心地いい疲労感が、いつまでも栄子をつつんでいた。