2010年04月26日

2010:04:26 「4.25県民大会in読谷」に参加しました

 昨日の県民大会に参加しました。参加者は9万人。その他宮古地区大会で200人、。八重山地区大会で3000人が連帯の集会が開催されたと、大会事務局報告からの報告がありました。

 私と妻は午後3時の開会に間に合わせて、午後2時に自宅を出発して会場の読谷村広場に向かDSCF4063.JPGいました。嘉手納町内の自宅を出て、国道58号線沿いに北上するルートを取ったのですが、すでに国道は大渋滞。写真は読谷村大湾交差点から嘉手納町側を撮った写真です。報道によれば、この時点で、すでに10キロにわたる大渋滞が発生していたとのことでうす。

DSCF4066.JPG 私と妻は自宅から約5キロの道のりを徒歩で会場に向かいました。途中、徒歩で向かう家族連れや自転車で向かっている人も。渋滞のせいで、徒歩もバスでの移動もほとんど到着時刻が変わらない状況になりました。

 2時55分会場入口到着。私たちが会場内入る同時に大会が始まる。出席が危ぶまれていた仲井真知事も登壇している。しかし、大会のシンボルカラーの黄色ではなく青のかりゆしウェアーに身を包んでいる。大会実行委員長の翁長那覇市長のあいさつに始まり、いよいよ仲井真知事のあいさつ。しかし、本大会スローガンである普天間基地の県外・国外移転の言葉がなかなか出てこない。先の衆議院選挙における公約の実現、沖縄の過重な基地負担の軽減を求めるとの力強いメッセージを述べるものの、ついに最後まで普天間基地の県外・国外移転という言葉は発させられなかった。

 県内すべてての市町村首長及び議会議長の参加、自民党から共産党まで党派を超えた大会の中で、県民の代表である仲井真知事が最後まで普天間基地の県外・国外移転に言及しなかったのは何故か。実はそこに沖縄が抱え続けている基地問題の根本があるように思う。

 知事の姿勢はそれなりの理由があるのだろうが、日米政府に沖縄の意思とは異なる謝ったメッセージを送ることにはならないか危惧する。その危惧とは、いづれは沖縄は苦渋の決断をすDSCF4107.JPGるだろうという期待である。今回の大会が、沖縄は二度と苦渋の決断はしない、という意思を示したのであり、その意思に基づいて行動する出発点とならなければならない。

 大会の締めに全員が行ったガンバロー三唱はその名のとおり、沖縄が基地負担軽減に向けて不退転の決意を示したものであり、日米両政府はこの事実を曲解することなく、真正面から受け止めるべきである。

  これだけの人が集まる集会への参加は2度目である。1度目は少女暴行事件に抗議する集会で宜野湾市で開催された。参加者8万人であった。当時の太田知事が冒頭のあいさつの中で少女を守れなかったことを詫びた瞬間に会場が息をのみ静まり返ったのを思い出す。大会参加者全員が悔しさと憤りを感じた大会だった。

 あれから何年経ったのだろうか。沖縄の基地負担の状況には何ら変化はない。その後、沖縄国際大学にヘリが墜落し、普天間飛行場が極めて危険な基地であることが判明しても、基地の閉鎖すら実現しない現状が何を意味するのか。そして、沖縄はこれからも基地負担を甘受しなければならないのか。待っていては何も始まらない。今大会を沖縄から行動を起こす出発点としなければならない。

 DSCF4130.JPG読谷村県民大会.jpg大会は午後4時40分に終了。9万人が一度に帰途につくのである。会場内周辺は人の波と車で大渋滞。大渋滞で会場に到着できなかった人も多かったとのこと。確かに、帰途の途中にもかかわらず北上の車は渋滞が続いていた。大会終了時刻になっても大会に向かう車の流れが続いていたのは、この大会への県民の思い入れの深さを物語っている。 

  私と妻は徒歩で帰途についたのだが、自宅に到着したのは午後6時前。かなりの疲れを感じながらも心は充実感に満たされていた。

普天間「県外へ」決議、知事は明言せず 沖縄県民大会

(2010年4月25日付朝日新聞)
 米軍普天間飛行場の沖縄県内への移設に反対する県民大会が25日、同県読谷村運動広場で開かれた。主催者発表によると約9万人が参加した。普天間問題をめぐる県民大会としては過去最大規模で、仲井真弘多(なかいま・ひろかず)知事のほか、県内41市町村長も代理の2人を含め全員が出席した。「県内移設を断念し、国外・県外へ移設するよう強く求める」との決議を採択した。
 大会は民主、自民、公明、共産、社民、沖縄社会大衆の県内各党と市民団体、経済団体など281団体による実行委員会が主催。県内移設反対が県民の「総意」として示されたことで、鹿児島県徳之島へのヘリコプター部隊の移設と併せて沖縄県のキャンプ・シュワブ陸上部へのヘリポート建設を検討している鳩山政権は、いっそう厳しい立場に追い込まれた。鳩山由紀夫首相は25日夕、大会について、記者団に「まだ(詳細が)わからないから」と述べた。
 仲井真知事はあいさつで、「普天間飛行場の危険性を一日も早く除去せよ。過剰な基地負担を大幅に軽減せよ」と求めた。ただ、県外への移設要求は明言せず、鳩山政権に対しては「公約に沿ってネバーギブアップ、しっかりやってもらいたい」と期待感を表明。「(沖縄の基地負担は)日本全国でみれば、差別に近い印象すら持つ。基地負担の軽減に手をさしのべていただきたい」と訴えた。
 政権関係者は、知事が「県内移設反対」を明言せず、大会が懸念していたような「反鳩山」一色に染まらなかったことで、徳之島とキャンプ・シュワブ陸上案の可能性がぎりぎり残されたと受け止めている。沖縄県の負担軽減を求める声の高まりをてこに政府案を早急にまとめ、米国や関係自治体との協議を本格化させたい考えだ。
 だが、徳之島案には米国側が否定的で、島の3町長も政府側との面会を拒否したまま。「5月末決着」が絶望的な状況は変わっていない。
 このため、外務省や防衛省内には、名護市辺野古沿岸に滑走路を建設する現行案を修正して打開を探る動きもある。具体的には沿岸部にくいを打って滑走路を建設する「桟橋方式」などが検討されている。とはいえ、過去に検討されて消えた経緯がある上、首相自身がなお県外移設を強く求めていることから、政府案として一本化するのは困難と見られる。
 現行案の移設先を抱える名護市の稲嶺進市長は「最低でも県外と言ってきた軸足が定まらず迷走を繰り返している」と政権を厳しく批判。「辺野古回帰論など、場当たり的で節操のないやり方は県民を愚弄(ぐろう)するもので許せない。私は名護市民に約束してきたことを最後まで信念を持って貫き通す」と、名護市移設を認めない考えを強調した。

posted by 福地行政書士事務所 at 09:24| 多事争論(馬耳東風)