5月4日の鳩山首相来沖の余韻が残る中、嘉手納飛行場の米軍機はいつものように訓練に勤しんでいる。米軍機の音が勝ち誇っているかのように聞こえる。
鳩山政権が誕生し、「最低でも県外」の首相の公約は、私の記憶によれば、当初から岡田外相は否定的であったし、北澤防衛大臣も肯定したことがなかった。最初からやる気などなかったということか。
岡田外相は再三来沖したが、沖縄の民意を逆なでする発言に終始し、首相発言はマニフェストに書いてないから公約ではないと公言していた。そして、今、鳩山首相は「最低でも県外」発言は民主党の公約ではなく、鳩山個人の発言だったと述べたと報道されている。選挙向けの単なる口約束だったということか。それも、単なる思いつきの。
それならば、総理大臣としての資格はない。即刻辞任すべきである。
それにしても、これだけ右往左往した揚句に、出てきた案は実現不可能としか思えない徳之島への移設案。そして、徳之島移設案を前提としての辺野古修正案。これらが実現して後に普天間飛行場閉鎖。普天間の危険性の除去が喫緊の問題と、関係者の誰もが認識しているのにもかかわらず、このていたらくは何故だろう。
沖縄の苦難の歴史と言われる。戦中には本土防衛線としての役割を担い、唯一の地上戦を体験した。戦後は日本が国際社会に生き残るために米軍統治下におかれ戦争孤児となり、日本復帰後は日本防衛のために米軍基地を抱えてきた。そして、政権交代、誰もが期待していたのに、見事に裏切られた。
これから沖縄はどうすべきか。突き付けられた歴史と現実に1人1人が考えなければならない。