2010年11月01日

コーヒーショップにて

 昼食を摂るために、コーヒーショップに入った。 ブレンドコーヒーとホットドッグを注文した私は、窓際の席へ。食事をしながら窓の外を行き交う人たちを観ていると、時々、食事をしている私の姿を凝視しながら通り過ぎる人がいる。目が合うと、どちらともなく目をそらすのだが、その時、ふと思った。

 「どちらが見世物になっているのだろう?」

 せっかく東京に来たのだからと街の風景を見ながら食事をしいている私にとっては、道行く人は風景の一部であり、道行く人は見世物である。

 一方、単に通りすがりの人と食事をしている人とではどちらが見世物かと言われれば食事をしている人に違いない。自分の食事風景を観察されるのは気持ちの良いものではない。だから他人の食事風景を観察することは難しいこととだ。だとすれば、食事をしている私の方がどちらかといえば見世物になっているのではないかと思うのである。しかし、足早に通り過ぎる人、近くの交差点では信号を無視して横断歩道を渡ろうと辺りを見回す人など、いろんな人のいろんな表情を観察しているとどうみても道行く人が見世物になっているとしか思えない。

 こんなとりとめもないことを考えているうちに、コーヒーを飲みほした私は、店を出た。

 その瞬間私は、街の風景の一部となって見世物になっている、はずであった。しかし、通りから、窓際でコーヒーすすっている女性を観ると、どうみても、窓の向こうの方が見世物に思えてしょうがなかった。

posted by 福地行政書士事務所 at 19:09| (創作)琉球夜話